「らりるれろ」と尻取り

 しりとりに勝つには、「らりるれろ」で終えるのがコツである。とくに「る」で終えると勝つ確率はいっそう高まる。これは、「らりるれろ」で始まる語が日本語には少ないからである。もとからの日本語であるやまとことばには、語頭にラ行音が来ないという特徴があった。今日、ラ行音で始まる言葉は、すべて漢語か外来語である。「る」で始まる言葉が特に少ないのは、漢字の音読みに「ル(留、流など}と「ルイ(涙、類、塁、累など)」しかないからである。このうち「ル」は音読みの中で劣勢の呉音であるから、いっそう少ない。しりとりで「る」で詰まったときには、外来語ばかりでなく、ここに挙げた字で始まる漢語を考えたらよい。

 ところで、「デッドロックに乗り上げる」という表現をしばしば聞くことがある。交渉などが膠着状態に陥り、二進も三進もいかないときなどに使われる。どうやら英語らしい。しかし、もとの意味は何なのだろうか? 乗り上げるというからには岩らしいが、「死んだ岩」とはどんな岩なのだろう? ためしにdead rockで英和辞典を引いてみる。いくら引いても出てこない。出てこないはずで、この「ロック」とは岩ではなく錠のことである。錠はrockではなく、lockと綴る。deadlockとは閉まりっぱなしになった錠のことである。それに行き当たったら前に一歩も進めない。

 「フリー・マーケット」という言葉がある。日本ではガレージセールとほぼ同じ意味だが、その気楽な雰囲気から「自由市場」と考えている人が多い。しかし、「フリー」はfreeではなく、flea(蚤)である。パリで古道具などを売買する市を「蚤の市」とよんだのを英語に直訳したのが「フリー・マーケット」だという。ただ、フランスの蚤の市で売られるのは、本来は骨董品(アンティーク)や家具、小物が中心で、ガレージ・セールやバザーと同義語となっている日本のフリー・マーケット)とは今も雰囲気が違うようだ

 以上にあげた誤解は、日本人がRとLの発音の区別が苦手であることに原因がある。英語のRは舌先をやや反り返らせて舌を宙に浮かせ、なめらかに前に倒して出す。いっぽうLは舌先を歯茎にしっかりつけてさっと引いて出す。音の出し方はまるで違っているのだが、なぜか日本人の耳には同じように聞こえる。いっぱんに子音とは息の流れを遮断するものだが、多くはKやPのように流れを完全に遮断して息で破裂させるか、SやFのように少し隙間をあけておいてその隙間で息を摩擦させることによって息の流れに色をつける。しかし、RとLの場合は息の流れが遮断にもかかわらず比較的なめらかに出るという共通点がある。日本人は、この共通点をとらえて同じ音と聞くのである。このような子音を英語ではliquid(液体)といい、日本語では「流音」という。

 日本語のラ行の子音は、RともLとも異なる。そのため、RとLを区別する言語を話す人には、RとLを逆に言っているかのように思われることが多い。日本の東北方言には、「し」と「す」の区別がなく、その中間のような発音に合流する。そのため、「石」というと「し」ではないなと思うので「椅子」と聞こえ、「椅子」というと「す」ではないと思うので「石」と聞こえる。RとLの場合もこれに似ているが、日本語のラ行の子音はどちらかといえばRと聞き取られることが多い。しかし、日本語で「らりるれろ」というとき、舌は決して宙には浮いていない。歯茎をさっと軽くひとなでする感じである。しかし、関西のこわいにいさんなどには「なにさ
らしとんじゃい、われえ!」とでも書こうか、このR音をぷるぷるふるわせて発音する人がいる。いわゆる巻き舌である。スペイン語には、日本語の普通のラ行子音に似た音と、このような巻き舌のRがともにあり、それぞれ別の音として区別されている。

 RもLも言語によって、さまざまなバリエーションがある。フランス語のRは舌ではなく口蓋垂(のどひこ、のどちんこ)をふるわせることで有名で、「パリ」も「パギ」に近く聞こえる。ドイツ語でもこの発音をする人が多い。Lも英語のlittleの場合、後のL(dark L)では前のL(clear L)より舌先をつける位置が後退している。そのため、日本語話者には、英語の little は「リル」、appleは「エァポ」のように聞こえる。Lが「ウ」という母音に変化する例も、ポーランド語やブラジルのポルトガル語(RONALDOは、ポルトガルでロナルド、ブラジルでロナウド)で見られる。しかし、L音以上に不安定なのはR系統の音のほうで、英語のbirdなどのように子音らしさを失ってあいまいな感じの母音になることが多い。

 RとLの区別がなく、流音が1種類しかない言語は日本語だけでなく、東アジアや太平洋地域などに珍しくない。アイヌ語もその例だが、アイヌ語のRの場合、語がRで終わるときには前の母音がRを発音しているときにも前の母音が引き続き発音されていて、Rもその響きを帯びる。そのため、アイヌ民族の叙事詩であるyukarは、Rのあとに前のAが響くので仮名では「ユーカラ」と表記される。エトピリカという鳥(左の切手)は、アイヌ語で「くちばしが美しい(鳥)」という意味だが、「美しい」という意味のピリカもローマ字表記はpirkaである。われわれ和人の耳には同じようにしか聞こえないが、kerとkereでは別の発音とされる。朝鮮語の流音は母音に続くときは日本語のラ行子音とほぼ同じだが、音節の最後の子音となるときは、英語のLに近い音になる。「草」を意味する「プル」の発音は英語のpull によく似ているが、この場合のLは舌先がやや反り返っており、厳密には英語のLと同じではない。

 流音はなめらかに出るため、母音として扱われることがある。チェコの言語学者にTrnkaという人がいたし、セルビア語とクロアチア語を一括してセルボ・クロアチア語というが、これをセルボ・クロアチア語ではSrpsko-Hrvatskijという。日本人には子音のすさまじい連続でとても発音できないという気がするが、これらの言語の話し手は、適宜Rが母音として入っているので、とくに難しいとは感じていない。流音が母音扱いされるのはインド・ヨーロッパ語族の特徴で、古代インドの音韻学の影響で成立した日本の五十音図でもラ行はヤ行とワ行にはさまれている。つまり、RはYやWと同様、半母音とみなされている。

 なめらかな流音も、ちょっとした違いでやや摩擦をともなう音になる。口蓋垂をふるわせるフランス語のRにも摩擦音の要素がある。中国語の流音は長くLだけだったが、こんにちの中国語(北京語)では、「日本人」をRibenrenと表記するように、Rで表記される音もある。しかし、これはもともとJに近い摩擦音が流音に変わりかかっている音で、聞きようによっては「ジーベンジェン」と聞こえる。かつて中国人は「日本」を「ジッポン」に近い形で読んでいたのであり、それが英語のJapanなどの欧米での日本の呼び名のもととなっている。中国語のRは流音性を高める方に変わってきたが、チェコ語には摩擦が強まったRがある。チェコにはドボルジャークという作曲家がいたが、その表記はDvorák(rの上には(を左に90度倒したような印がつく)である。このRがRともJともつかない音であるため、「ドボルジャーク」というよばれる。しかし、新世界に移住すればこれも普通のRとして扱われる。以前、アメリカの男子バレーボールチームに「ドボラック」という選手がいたが、チェコ系であろう。なお、それと前後関係ははっきりしないが、ソ連(ロシア?)チームには「チャイコフスキー」という選手がいた記憶がある。

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