擬音語と擬態語の違い

 犬の鳴き声の「ワンワン」のような言葉を擬音語(擬声語)というが、これとまぎらわしいものに擬態語がある。しかし、その見分け方は簡単で、要するに音を出しているかどうかを考えればいい。元気なく歩く人が「トボトボ」と音を立てていたり、星や宝石が「キラキラ」と鳴っていたら漫画である。「ホームランをガンガン打つ」の「ガンガン」などは微妙だが、だいたいは区別できる。

 擬音語は世界中どこの言語にも同じようにあるが、擬態語はそうでもなく、多い言語と少ない言語の差が大きい。日本語は擬態語が非常に多いことで知られている。しかも、擬態語起源と思われる言葉が普通の語彙の中にも入りこんでいる。「彼女がなかなか来ないのでイライラしている」を「イライラ」を使わずに言い換えよと言われたら、どう答えたらいいのだろう? 「機嫌が悪い」でも「落ち着きがない」でもしっくりしない。「イラ立っている」ではどうだろうか? 「いら立つ」が擬態語の「イライラ」をもとにした言葉であることはすぐ分かる。このように、擬態語起源のことばまで排除したら、われわれの会話は成り立たないのである。「ころがる」とか「ゆらめく」なども、「コロコロ」「ユラユラ」といった擬態語がもとになった言葉である。

 日本語では、さらに、母音を変えたり、子音を濁音にしたりして、擬態語の表現力が高められる。「タカタカ」「トコトコ」は、ともに歩く様子を示すが、「タカタカ」の方が「トコトコ」より大またで歩く感じがする。おなじ「ころがる」のでも、「ゴロゴロ」の方が「コロコロ」より、転がっているものが大きい印象を受ける。こう考えてみると、「さわぐ」とか「こわばる」という、擬態語とは一見関係なさそうな言葉まで、「ザワザワ」「ゴワゴワ」という擬態語と関係づけられてくる。

 擬態語とは、ものの様子、状態を音によって感覚的に表現した言葉である。しかし、音に対する印象は言語によって異なるし、擬音語のようにもとになる音があるわけではないため、言語が違うと同じことをさす擬態語同士でもまるで似ていない。オランダの小学生に「ドキドキ」「ハタハタ」という言葉が何を示すかを選択肢を設けてきいたところ、心臓の鼓動が「ハタハタ」で、旗がはためく様子が「ドキドキ」だと答えた子が多かったという。そういえば、エディット・ピアフの歌うシャンソンに「パダムパダム」というのがあったが、これも心臓の鼓動を示している。

 日本語なみに擬態語が多い言語に朝鮮語がある。しかし、その擬態語は日本人にはぴんと来ないことが多い。「メックン、メックン」「ワグル、ワグル」とは何のどんな様子を示しているのだろうか? 近い日本語をあげれば、前者は「ツルツル」、後者は「ウヨウヨ」(あるいは「ゾロゾロ」「ザワザワ」)である。禿頭は「メックン、メックン」と重ねて表現されるが、バナナの皮を踏んで「ツルッ」とすべったときは、「メックン!」だけである。「ワグル、ワグル」は、母音を変えて「ウォグル、ウォグル」ということもある。「タクタク」というと、こげついた鍋をたわしでこする様子などを示すが、「タ」を濃音(のどの締め付けをともなう音)にすると、高圧的に人にガミガミいう様子を示す。音の印象は違うが、音声を微妙に変えて微妙な意味の違いを示すところも日本語そっくりである。また、「コリダ」という接尾語をつけて「ワグルコリダ」となると「ひしめく」というような意味になるが、日本語の「イライラ」から「いら立つ」という言葉ができるのを連想させる。

 こういった例をあげていくと、朝鮮語はやはり日本語と他人ではないのではないかという気がしてくるが、言葉の作り方は似ていても、基礎的な語彙が似ていないことは大きい。その意味で、すでに同じ語族だとして証明されている言語間の関係よりは関係が淡いことは認めざるをえない。しかし、他人の空似ともいいきれず、比較言語学の方法では証明できないほど古いところでどこかつながっているという可能性も否定できないのである。

 日本語で「悩む」という動詞からできる形容詞は「悩ましい」だが、「恐る(→恐れる)からできるのは「恐らしい」ではなく、「恐ろしい」である。このように類似の母音を続けようとする傾向は朝鮮語にもあり、母音調和という、ただ、母音調和などは遠くトルコ語やフィンランド語などではもっとはっきりしており、日本語と朝鮮語だけの特徴ではない。しかし、擬態語のつくり方の細部にまでわたる類似や、「吾輩は猫である」の「は」に似た「ヌン」という助詞の存在などは、朝鮮語がとりわけ日本語と似た言語であるという印象を強めている。

 擬態語があるのは、日本語や朝鮮語に限らない。中国語にも「逍遥(しょうよう)」や「徘徊(はいかい)」のような擬態語があるが、日本語や朝鮮語と違うのは、繰り返すにしてもちょっと音を変える点である。この点は英語も同様で、擬音語の例だが、時計の音を示すtick tackや鐘の音のding dongがある。英語の擬態語は、語頭の子音群に共通性がある。blというつづりは、blow(吹く、爆発する)blaze(かっと燃え上がる)blizzard(吹雪)blast(突風)「吹く」とか「膨張する」という感じの語が多く、squで始まる語には、squash(ぐしゃっとつぶれる。レモンスカッシュのスカッシュ)やsqueeze(搾り出す。スクイズ・バントのスクイズ)、ねずみの泣き声のsqueakなど、きしむような鋭い感じがある。日本語で「きねずみ」と呼ばれることもある「りす(栗鼠と書く漢語)」のsquirrelも関係があるかも知れない。ただ、中国語にせよ、英語にせよ、日本語や朝鮮語のように、同じ音を繰り返さないところが違っている。擬音語の場合は、言語が異なっても似ているところがあるが、擬態語の場合はまったく恣意的で似たところがない。


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