日本語は発音が単純か?

 世界で最も音韻の単純な言語とは何かというと、私の知識の範囲内ではハワイ語である。ハワイ語の単語は日本人も意外とたくさん知っている。

Hawaii, Oahu, Maui, Honolulu, Waikiki, MaunaLoa, MaunaKea, Kilauea, Kamehameha, Liliwokalani(ハワイ王朝最後の王位継承者でAlohaOeの作曲者), Kahanamoku(五輪水泳の金メダリスト), Kuhaulua(ハワイ出身の元力士高見山の帰化前の本名),ukulele, lei, hula(dance), aloha, muumuu, Kaanapali(2003年に全米一のビーチに選ばれたマウイ島の海水浴場)

 ハワイ語の母音は日本語と同じくアイウエオの五つである。母音の数が五つだという言語は世界には数多いが、ハワイ語の場合は子音がの数も少なく、表記上はKNHPMLWとの七つしかないことである。このほか表記には現れない声門閉鎖音(後述)を加えても八つしかない。

 さらに、ハワイ語では、英語のship, bat, kickのように、子音で終わるということがない。また、ハワイ語は子音の種類も少なく、「クリスマス」は「カリキマカ」となり、ワイキキ海岸から見えるダイアモンド・ヘッドという有名な山も、ハワイ語では、旧称のダイアモンド・ヒルをもとに「カイマナ・ヒラ」と呼ばれている。ハワイアンの名曲の題名として記憶している人も多いことだろう。

 このようなハワイ語の特徴は、南太平洋の言語に共通な特徴だが、用いられる音は言語により異なる。「サレヴァ・アティサノエ」とか、「フィヤマル・ペニタニ」といっても誰のことかすぐには通じないが、それぞれ小錦、武蔵丸が日本国籍となるまでの本名である。ハワイ語にないF音やT音が出てくる。本人たちはハワイで生まれ育ったが、両親はサモアからの移住者だそうである。産業の乏しいサモアからハワイに移住してくる人は多い。左の切手は、キリバスという国のもので、同国にあるクリスマス島を描いている。キリバスを Kiribati と綴るのは、同国の言語では[i]の前では[t]が[s]となり、その上で語末などでは[i]が脱落するためであるようだ。クリスマス島も Kulitimati と綴られる。


 では、南太平洋の言葉についで音韻が単純な言語とは何であろうか? もうお分かりと思うが、私たちの日本語である。子音の数が多少増えるだけにすぎない。促音(っ)とか拗音(ゃゅょつきで表記される音)という音もあるが、これは、中国語を外来語と取り入れる過程で新たな音韻として確立したもので、それ以前の日本語はかなりポリネシア諸語に近い音韻体系だったと思われる。クリスマスが KALIKIMAKA だというと日本人は笑うが、もとが2音節の Christmas なのだから、日本語の KURISUMASU だって五十歩百歩である。

 音韻が単純だということは悪いことではない。言語というものは、人間の発しうる無限の音声を有限の単位に整理することによって、成立するものだからである。そういう意味では、ハワイ語や日本語こそ、世界で最も進んだ言語だとも言える。英語では母音の前にも後にも子音が一つのみならず二つも三つも続く。strikesでは、前に三つ後ろにニつ子音がついている。これを「ス・ト・ラ・イ・ク・ス」と読む日本人には、これが一音節だということがわかりにくい。音節とは、おおむね一息で発せられる音のまとまりだと考えればいい。

 子音が連続する英語の音節の種類は数千種にものぼる。ヨーロッパの言葉にはだいたい似た傾向がある。だから日本人は外国語、とくにヨーロッパ諸語を学ぶとき発音に苦労する。しかし、少しぐらい発音がおかしくても、言語というものには、けっこう通じるという面がある。日本人が英語が下手な本当の理由は、もともとがシャイな上に、明治以降、英語などを日本語より上等な言語と思う迷信にとりつかれたということである。言語学者しか知らない世界各地の自然民族の言語には、英語などよりはるかに発音の難しい言語が山ほどあることを日本人は知らない。外国語などしゃべれなくても、おれは日本語はしゃべれるという誇りに欠けることこそ、日本人が外国語が苦手な最大の理由だと私は考えている。

 ポリネシア、ミクロネシア、メラネシアといった南太平洋の言語は、台湾先住民、フィリピン、インドネシア、マレーシア、さらには遠くアフリカ大陸に近いマダガスカルの言語とともに、「オーストロネシア語族」という同じ系統に属することが証明されている。オーストロネシアとは、ギリシャ語で「南の島国」という意味である。ポリネシア諸語ほどではなくとも、母音が多いことがこの語族の特徴だが、その他に、同じ名詞を繰り返すことが多いという特徴もある。インドネシア語で「オラン」は「人」のことだが、「人々」は「オランオラン」という。日本語にも「人々」のような表現があるが、もとになる名詞は限られている。インドネシア語ではこのような表現がもっと広く用いられるので、「人々」は"orang-orang" とは書かず、略して "orang2" と書く。小泉今日子を "kyon2" と書いた人はインドネシア語を知っていたのかも知れない。なお、"orang utan"はもともとインドネシア語で「森の人」を意味する。

 日本語の系統は北方説が有力だが、南方のオーストロネシア語族と結びつける説もある。「人々」や「山々」のような表現が日本語にもあることも、その論拠とされることがある。これは、さまざまな面で日本語によく似た朝鮮語にもほとんどない表現である。しかし、朝鮮語でも、擬音語、擬態語に日本語同様、同音を繰り返すパターンが多いことは、やはり南方の影響だとも考えられる。日本の生活文化には南方との共通点もかなりあるので、日本語の起源を南方に求める説にも耳を傾ける価値はある。朝鮮語についても、日本語より南方的要素は少ないが皆無ではないと考えられる。

追記 この記事については、神奈川にお住まいの方から、ハワイ語の発音も長母音や二重母音があったりしてけっこう複雑だという御批判を頂きました。HawaiiのWもVのように発音されることがあり、Hawaiiという地名も、「ハヴァイッイ」のように発音されるようです。このようにカナで書いたときの「ッ」の部分は、声門閉鎖音と呼ばれる子音の一種です。

 どこの外国語にせよ、「話が通じる程度に話せる」ということと、「ネイティヴと区別がつかないほどに話せる」ということは別のことです。はじめハワイ語の「発音」が単純だ書いたのですが、この御指摘を受けて「音韻」が単純だというふうに訂正しました。日本語の場合でも、音韻の簡潔な日本語では少しぐらい「変な」発音でもけっこう意思は通じるが、日本人と区別つかないほどに話せるということは、日本語を母語としない人にはけっこう難しいのです。そういう意味で、「音韻」は単純な日本語の「音声」がけっこう複雑であることは、このサイトの随所で紹介しています。


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