日本語の助数詞

 英語を習い始めたころ、two chalks とか three soaps とかいうのは間違いで、 two pieces of chalk とか three cakes of soap と言わなければならないと聞いて、英語というものはずいぶん面倒くさいものだと思ったことがある。しかし、考えてみれば日本語はそれどころではない。獣は一匹または一頭、鳥は一羽、魚は一尾というように、数え方が細かく分かれている。この「匹」や「頭」、「羽」や「尾」のように数え方の単位となる言葉を「助数詞(量詞)」という。その多くは漢語であるが、刀を数えるときの「振り」、たんすを数えるときの「棹(さお)」など、やまとことばの助数詞もある。

 日本語の助数詞の多くが漢語起源であるように、助数詞は日本語だけのものではない。しかし、今日の日本と中国の助数詞は同じではない。紙は日本では「枚」で数えるが、中国では「張」で数える。鉛筆を数えるときの「本」にあたるものは「枝」である。朝鮮語の助数詞も漢語起源のものが多いが、また独特である。日本では「本」を「冊」で数えるが、中国語では「本」は「書」といい、「一本、二本」と数える。朝鮮語では「本」は「冊」にあたる漢語「チェク」で表され、「一巻、二巻」と数える。普通名詞と助数詞が入り乱れていることに注意されたい。

 日本語の名詞に単数複数の区別がないことは、日本語の欠陥であるかのように言われることが多い。たしかに、この区別がなくて不便なこともある。しかし、一方で two boxes の es などは、two という言葉がある以上、無駄なようにも思われる。「この会社には変わり者が多い」や「お菓子を配る」、「部下が集まる」のような場合も、複数であることは自明と感じられるので、変わり者やお菓子や部下を複数にする必要はない。さらに、なまじ単複の区別があるから不便な場合もある。ある店に泥棒が入って単独犯なのか共犯がいるのかが分からない場合、英語では a thief or thieves という面倒な言い方をする。名詞に男性女性の区別のあるフランス語などでは、男性形で代表するが、厳密には、「男の泥棒または男の泥棒たちまたは女の泥棒または女の泥棒たち」といわなければならないはずである。

 言葉は一般に「もの」を表すように考えられているが、正確にいえば、「もの」でなく、「概念」を表すのである。「概念」とは、「こういうものはみな同じものだ」という人間の「思い」を示している。雪を生まれて初めて見た幼児が、「空からご飯が降ってきた」と言ったという話がある。この子の頭の中には、「白くて小さい粒状のもの」という概念が出来上がっているのである。しかし、概念は言葉と結びつかないと定着しない。そこで「ご飯」といったのだが、このような結び付け方はこの子だけのものであるため、大人たちには滑稽なもののように思われてしまう。概念は人間の頭の中にあって数えられないものなのだから、具体的な「もの」を示すときには、どうしても助数詞のようなものが必要になってくるのではないだろうか?

 ところで、日本語の数詞は、「ひとつ」「ふたつ」「みっつ」というやまとことば式よりも、「いち」「に」「さん」という漢語式のほうがずっと優勢である。しかし、「し」は「死」を連想させるために避けられ、やまとことば起源の「よん」がよく用いられる。「しち」は「いち」とまぎらわしいのか、やはりやまとことば起源の「なな」が用いられることが多い。小さい方から数えるときは「いち、に、さん、し、ご、ろく、しち、はち、く、じゅう」と唱えるのに対して、逆順だと「じゅう、きゅう、はち、なな、ろく、ご、よん、さん、に、いち」となるのも不思議といえば不思議である。

 日を数えるとき、「十日(とおか)」まではやまとことばだが、十一日からあとは漢語になる。ただし、「じゅうよっか」は和漢混交語であり、「し」を徹底して避けている。やまとことばの助数詞も、数が大きくなると漢語式の数につくことになる。古くは十一以上を「とをまりひとつ(”とを余りひとつ”を短縮)」という具合に数えたが、長ったらしすぎて使われなくなった。

 十進法で徹底した簡潔な漢語式の数詞は世界で最も合理的といえる。英語を習いはじめのころ、twelve とか thirty とかいうのを聞いて、ten two や three ten ではなぜいけないのかと思った人は多いであろう。ドイツ語では 1999 を 1900 と9と90(neunzehn hundert neun und neunzig)という奇妙な数え方をするし、フランス語では 99 を4×20+10+9(quatre-vingt dix-neuf)というややこしい数え方をする。アメリカ旅行をしたときに体験したことだが、5ドル札を出して、1ドル70セントの買い物をすると、まず商品を出し、「ワン・セブンティ」という。ついでダイム(10セント玉)を三つ出して「トゥー・ダラーズ」という。そして1ドル札を3枚出して終わりとなる。行く前から話には聞いていたが、実際にやっているのに驚いたものである。これに対して、日本では、500円で170円の買い物をしたら、すぐ330円のおつりとともに商品が出てきて、買い手もすぐ納得する。日本を含めた漢字文化圏の人々の暗算能力の高さは、漢語式の数詞が保障しているのである。


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