言語の系統関係の調べ方

 言語間の系統関係の有無は、二つの言語の単語を比較することで証明される。しかし、それにはいくつかの原則があり、一見似ている語を思いつくままに羅列しても、証明にはならない。

 語を比較する際には、まず、外国語からの借用語と見られる言葉を排除しなければならない。大韓航空機が離陸するとまもなく、救命胴衣と酸素マスクの使用法がまず韓国語で説明される。すると、酸素マスクを「サンソマスク」と言っていることに日本人は驚く。しかし、決して日本語ではない。まず「サンソ」は漢語である。日韓の漢字の読み方は異なるが、この場合はたまたまそっくりであるに過ぎない。「マスク」はいうまでもなく英語である。こういう語彙は比較の対象にはできない。チベットの奥地の小学校で子供たちが「チー、ニー、スム、シー」と数字を読み上げているのを聞くと、ほとんど「イチ、ニ、サン、シ」のように聞こえる。しかし、日本語の「イチ、ニ、サン、シ」がもともと漢語であり、本来の日本語の数詞は「ヒトツ、フタツ、ミッツ、ヨッツ」であることを考えれば、日本以上に中国とのつながりの深かったチベットの言葉が、結果として日本語に似ていても驚くにはあたらない。

 つぎに、比較の対象とするのは、音が似ているばかりでなく、意味もほぼ同じ語同士でなければならない。英語でカラスはcrowというが、黒いから「クロウ」というのだ、などというのは受験生の暗記には役立ってもただのこじつけでしかないし、こじつけには切りがない。その意味で、地名は比較の対象から外さなければならない。地名の語源自体、どうしてそういう名がついたのか、不明なことが多いからだ。また、音と意味の両方が似ている語でも、「わんわん」「しゅっしゅっぽっぽ」のような擬音語は排除しなければならない。擬音語も言語ごとにけっこう違いはあるものだが、やはりもととなる音が同じなのだから、似ている場合も多い。

 さらに、比較の対象とするのは、その言語の中で基本的な語、やさしい語でなければならない。言語は時代とともに変化し、外からの語も取り入れるが、こういう語はなかなか変化しないからである。そして、こういった語がどのように発音されていたかを、文字表記にまどわされず、できるだけ昔にさかのぼって調べる必要がある。「花」は仮名ができてからずっと「はな」と書かれているが、その発音は「ふぁな」から「はな」へと変わっており、仮名がつくられる前は「ぱな」だったと考えられている。もし、「花」を「はな」と言う言語が日本語のほかにあったとしても、その言語でも古くは「ぱな」だったことが証明されない限り、系統関係の証拠にはならない。系統関係があるということは、同じ言語から枝分かれしてきたということだからである。

ドイツ語 英語
haben have
lieben love
trinken drink
Tod death
Taube dove
Bruder brother
denken think
Erd earth
machen make
Buch book
tief deep
Schiff ship

 最後に、これが最も重要なことだが、ある言語でAという音が原則としてもう一つの言語ではBという音になっているという関係(音韻対応)がなければならない。たとえば、日本語で語頭にあるPという音はF(に近い音)を経て語頭では例外なくHという音に変わり、語中では例外なく「ワイウエオ」と読まれるようになっている。変化の仕方に違いがある場合には、それを何らかの条件の違いとしてきちんと説明しなければならない。言葉において大事なことは、音それ自体ではなく、この音とこの音は同じか違うかということである。ある音が何の一貫性もなしに、気まぐれにさまざまな音に変わるのでは言葉が通じなくなってしまう。左の表では、ドイツ語のv,t,d,ch,f が英語のf,d,th,k,p にそれぞれきれいに対応していることが分かる。

 現代朝鮮語で「ハナ」というと、「ひとつ」ということである。これが日本語で「ハナから相手にしない」という「ハナ」と同源だという説を白鳥庫吉が唱えたことがあり、今もこの説を信じる人がいる。しかし、日本語のH音が新しいことを考えれば、現代語でそっくりな発音をするということは、逆に同源ではないということの証明にしかならない。現代朝鮮語の「ひとつ」がパナであるなら、同源説は力を得るのである。「ハナから相手にしない」の「ハナ」は「端っこ」や顔の端っこにある「鼻」と同源ではないかと私は考えている。

 まさかと思う人が多いだろうが、素人目にも分かるほど似ているということは、逆に同系でないと疑う根拠ともなりうる。しかし、どの言語も長い年月の間に必ず発音が変わり、その変わり方は、言語によってさまざまであることさえ了解すれば、少しも不思議なことではない。双方の言語で、そろってあまり変化をせずに済むということこそ、珍しいことなのである。


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